【コラム】偶然の出会いが、未来を変える

南江堂 洋書部
溝口恵美子氏

《著者》
溝口 恵美子
久留米大学医学部免疫学講座教授、
ブラウン大学医学部分子微生物免疫学講座客員教授

(前回コラム)『アメリカへの研究留学で得たこと、学んだことはこちら

アメリカでの研究生活の始まり

前回の「アメリカへの研究留学で得たこと、学んだこと」でも触れましたが、1992年7月、私はハーバード大学医学部で研究を始める機会に恵まれました。以来24年間、米国での研究を通じて、数多くの出会いと経験を積み重ねてきました。世界中から集まった優れた研究者たちと共に、最先端の科学に触れ、挑戦を重ねる日々は、私の人生においてかけがえのない財産となっています。

米国ブラウン大学の研究者との出会い

私の米国滞在中で特に印象に残っているのが、アイビーリーグの名門であるブラウン大学医学部の前医学部長、Jack A. Elias教授との出会いです。Elias教授は、研究者、臨床家、そして教育者として、数々の分野において卓越した業績を残しておられる方です。

Chitinase 3-like 1 (CHI3L1/YKL-40)という慢性炎症からの癌化に関わる分子に注目し、ハーバード大学とブラウン大学の間で共同実験を行ってきました。この分子は、炎症、癌化、線維化など、さまざまな病態に深く関与していることが知られており、私たちの研究は、その機能や役割を明らかにすることで国際的にも高い評価を得てきました。

しかし、この共同研究で最も心に残ったのは、得られた知見以上に、「人との出会いが持つ力」でした。文化も価値観も異なる人々が、互いに敬意をもって向き合い、ともに課題に取り組むプロセスには、単なる研究以上の意味がありました。

こうした「偶然の出会い」が、やがて「必然の関係」へと育っていき、未来を切り開くきっかけになることを、私はこの経験を通じて強く実感しました。

久留米大学での国際交流への取り組み

2016年の帰国後、私は久留米大学医学部にて国際医学交流の担当も務めることとなりました。自らの海外での経験を通じて得た学びを、次世代を担う学生たちにも体験してもらいたいという思いから、多くの方々のご理解とご協力を得て、ブラウン大学との交流を本格化させていきました。そして2018年1月1日、久留米大学とブラウン大学は正式に大学間協定を締結し、研究者および学生の相互派遣を軸とした国際連携をスタートしました。

具体的には、久留米大学からは基礎医学分野における学生や研究者を派遣し、ブラウン大学からは主に臨床研修を目的とした研修生を受け入れるという、相互に意義のある交流を継続してきました。さらに、国際共同研究も積極的に展開し、大学としての国際化を着実に推進しています。

2025年度からは、久留米大学医学部医学科の学生が、年間3名までブラウン大学の関連病院において、最長4週間の臨床研修を受けられる制度が新たにスタートします。同大学での臨床研修制度は、日本国内では京都大学、東京女子医科大学に次いで、久留米大学が3校目という位置づけであり、全国的にも極めて限られた大学にのみ認められている名誉ある制度です。地域医療を担う久留米大学がこの枠を獲得できたことは、大きな誇りであると感じています。

この取り組みは、単なる臨床研修にとどまらず、学生たちが異なる医療文化や倫理観に触れることで、将来の選択肢を広げ、グローバルな視点を持つ医師・研究者としての土台を築く重要な機会になると確信しています。

現在、久留米大学は18ヵ国・42大学と大学間協定を結んでおり、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、オーストリア、ハンガリー、ギリシャ、オーストラリア、さらには中国、台湾、韓国、バーレーンなど、アジア諸国を含む多くの国から、毎月のように臨床・基礎の研修生を受け入れています(https://www.kurume-u.ac.jp/site/med/med-edui.html)。

こうした海外留学生との交流は、久留米大学の学生にとって自らの価値観を問い直し、広い視野を持つきっかけとなる貴重な機会です。そしてこの経験こそが、将来、医療の世界で真に求められる国際感覚を備えた医師や研究者を育む原動力となるはずです。

偶然の出会いが未来を変える

気候変動に起因する健康被害、COVID-19をはじめとする感染症の世界的拡大、新興疾患への対応など、現代医療が直面する課題はすでに国境を越えたものとなっています。一国では解決が困難なこうした課題に立ち向かうには、国際的な知見の共有と、国を超えたネットワークの構築が不可欠です。

だからこそ、医学生、研修医、若手研究者のうちから、国際的な視野を持ち、協調的に物事を考える力を育てていくことが大切です。国際交流の真の価値は、制度や枠組みの中にとどまるものではなく、むしろ予期せぬ「偶然の出会い」にこそあります。例えば、ある学生が現地で知り合った学生や担当医と深い信頼関係を築き、帰国後も連絡を取り合いながら共同研究しているような事例は、その象徴ともいえるでしょう。私はこれからもそのような出会が生まれる場を、少しでも多く創出していきたいと考えています。

感謝を胸に、さらなる未来に向かって

2018年に医学教育研究センター内に発足した国際医学交流部門は、これまでにいただいた数多くのご縁、ご協力、そして温かなご支援の積み重ねで現在のかたちになってきました。

とりわけ、多くの海外からの留学生を快く受け入れ、熱意を持ってご指導くださっている久留米大学医学部各講座の先生方には、この場を借りて心より御礼申し上げます。

また、久留米大学の同窓であり、山口県萩市でご開業されている玉木英樹先生には国際医学交流の取り組みに対し多大なるご寄付を賜りました。先生の温かなお心遣いとご支援に、深く感謝申し上げます。そのご厚意が、多くの学生の未来に生かされ、次世代を担う国際的な人材の育成につながっていくと確信しております。

おわりに

私の歩んできた道を振り返ると、その節目には常に「人との出会い」がありました。そして、その出会いが「新たな挑戦」へとつながったとき、思いがけないほど大きな成果が生まれてきたように感じています。

これからも、私は国際医学交流というフィールドを舞台に、人と人とをつなぎ、ともに学び合い、未来を創り上げていく仕事を続けていきたいと心から願っています。

(了)

この記事の著者

溝口恵美子氏

溝口 恵美子

久留米大学医学部免疫学講座教授、
ブラウン大学医学部分子微生物免疫学講座客員教授

<略歴>
1990年 久留米大学医学部医学科卒業後、同大旧第1内科入局
1991年 久留米大学免疫学講座で大学院生として研究開始
1992年 米国ハーバード大学医学部附属、マサチューセッツ総合病院病理学講座留学
1994年 久留米大学医学院医学研究科修了(医学博士)
1997年 ハーバード大学医学部病理学講座 Instructor
2006年 ハーバード大学医学部内科学講座 Assistant Professor
2016年 久留米大学免疫学講座 准教授
2019年 米国ブラウン大学医学部 客員教授
2022年 久留米大学免疫学講座 教授(国際医学交流担当)
現在に至る ※2025年5月時点

First Aid for the USMLE Step 1, 2025 (35th ed.)
First Aid for the USMLE Step 2 CK, 11th ed.
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